ク〇バレ讀賣のという替え歌ができる巨人の野球界における役割
今晩は、訳あって休日出勤だったtthgです。
唐突だが、ヤクルトの応援歌である東京音頭歌詞の一部の歌詞「ク〇バレ讀賣」と歌う替え歌があり、ヤクルト戦のラッキーセブンにこれを歌うファンがいるという事実をご存知だろうか?また巨人の応援歌の替え歌で「商魂込めて」という歌がありこの歌詞にも「ク〇バレ讀賣」が出てくる。そしてこれも巨人戦で敵のファンが歌っている。(実際の様子はyoutubeで「く〇ばれ読売」と検索すると見れます。)
正直tthgはセはよく知らないし、交流戦の巨人戦も現地に行った事ないので最近まで知らなかったがどうも結構長い間行われている事のようだ。youtubeのコメントを見ると民度低いとか過激な言葉が並んでいる。tthgも替え歌作るぐらいは良いとしても、現地で「叩き込め」のシャウトの如く絶叫してるのは流石に如何なものかと思う。
一方で、巨人という特殊な存在を考えるとこのぐらいは仕方ないのかなという思いもある。巨人は歴史的経緯からして、「常勝」を義務づけられてきた。それが故にFAや外人で無理して反感を買ってきた。そしてスポーツの世界では、メジャーのヤンキース、サッカーのイングランドプレミアリーグにおけるマンチェスターユナイテッド、スペインサッカーのレアルマドリッドなど強烈に強くて、世界中にファンがいるけど強烈なアンチが存在する球団がその世界を盛り上げている事実もある。
ライオンズファンだって仮想敵国たる巨人に日本シリーズで勝つ事がこの上もなく快感だったりするし、阪神ファンは巨人に勝つことが無類の喜びだったりする。ひと昔前のパリーグでは常勝ライオンズがその立場を演じていた時期もある。勝負の世界では強烈なアンチが存在する事もある意味ステータスである。それは、プロレスで、ベビーフェイスを引き立てるためのヒールが必要であり、ヒール中で上位と認知される事がステータスであるのと同じである。
今年で言えばライオンズの内海投手が、丸選手をチピンチで三振に取って白星をあげるとか、長野選手が野上投手ー炭谷選手のバッテリーから大事な場面でホームラン打って勝ったりすればそれだけで盛り上がる事は間違いない。そして、それが盛り上がるのは、強烈な個性を持つ球団がなりふり構わず勝ちに来る事に対して、皆が「アンチ巨人」の思いを共有しているからである。こうしたアンチ巨人の気持ちがその反動として球界に貢献している事実を踏まえると替え歌が少しぐらい過激になるのは仕方ない面もある。さらに言うとこんな替え歌が日時的に歌われるのはヒールとして一流の証である。
だから、巨人ファンも含め替え歌を聞いても、「巨人が(ヒールとして)一流の証だよね」ぐらいの反応がちょうど良いバランスだ。だだ、そうした外からの視点は別にすると商魂込めてのクタバレシャウトだけは、個人的に中々受けつけないものはある。
本日も最後までお読み頂きありがとうございました。
ライオンズに関する他の人気ブログはこちら。
にほんブログ村
プロ野球に関する他の人気ブログはこちら
にほんブログ村