今日は。tthgです。
先日、栗山選手の引退が発表された。長年ライオンズを支えてきた功労者の決断だけに、この話題はこれから一年間、ことあるごとに語られ続けることになるだろう。
(80%)
試合結果は二の次になり、
個人の去就だけが注目される
(70%)
「チームの勝利」が主役。
引退は優勝へのスパイスとなる。
1. 来季のライオンズの一番の話題が「栗山」では困る
冒頭でも触れたが、栗山選手の引退は大きなニュースである。しかし、来季のライオンズにおける「一番の話題」が栗山選手であっては困る。
なぜなら、チームが優勝争いをしていれば、必然的に「引退する選手」の話題は相対的に小さくなるはずだからである。日々の勝敗に一喜一憂し、首位攻防戦に熱狂している最中であれば、ファンの関心は「現在の戦い」に向く。
もちろん、引退する選手が現役バリバリで活躍していれば話は別だ。しかし、冷徹な目で見れば、今の栗山選手が数字を残してレギュラーに定着することは考えにくい。
もし、栗山選手に多くの打席数や試合数が回ってくるような状況であれば、それは他の若手が育っていない、あるいはチーム状態が悪いことの裏返しであり、優勝を争えている可能性は低い。
2. 「2018年の松井稼頭央」のような去り際を
理想的なモデルケースがある。2018年に松井稼頭央前監督が引退した時のことだ。
あの年、ライオンズは強力な打線を武器にパ・リーグを制覇した。優勝を激しく争っていたため、シーズン中の松井氏の引退に関する話題は、非常に小さいものだったと記憶している。
来期のライオンズも、あの2018年のようであって欲しい。
3. 主役は「グラウンドで戦っている選手」であるべき
かつて黄金時代の名監督・森祇晶氏は「選手が主役」と明言していた。
森氏の意図はあくまで主役は「戦っている選手」であるべきということだが、これは引退する選手がベンチを温めている状況にも当てはまる。もちろんグラウンドで戦っていないから戦力ではないということはない。
しかし、今グランドで戦っていない選手が「主役」であるべきではない。その選手が主役になるということはグラウンドで戦っている選手が主役になっていないことを意味する。
だからこそ、チームが勝ち進み、歓喜の輪の中で栗山選手がユニフォームを脱ぐ。それこそが最大の恩返しである。