資格試験の勉強をして気づいた「衰えを技術でカバーする」という事。中村剛也・栗山巧と源田壮亮・外崎修汰の差。

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今晩は。tthgです。先日、個人的な一つの区切りを迎えた。実は一月前まで一年間ほど、とある国家資格の勉強をしていた。一応、一次試験は通過し今二次試験の結果を待っている。この経験を通じて感じた「衰え」と「それを補う力」について、今回はプロ野球、特に埼玉西武ライオンズの選手たちを重ね合わせて書いてみたい。
1. 25年ぶりの受験勉強で気づいた「経験知」の効能

2. 野球におけるフィジカルの衰えと技術によるカバー

3. 敏捷性依存型の苦悩と今後の課題

1. 25年ぶりの受験勉強で気づいた「経験知」の効能

今回受験した資格と同等規模の国家資格を、実は過去にも取ったことがあった。しかし、それはもう25年近く前の話である。
当然ながら、単純な記憶力という点では当時の自分には到底かなわない。若い頃のように丸暗記で押し切る力は確実に落ちている。

しかし、今回それが致命的な足かせになることはなかった。なぜかというと、25年前の自分は社会を知らなかったからだ。当時はテキストに書かれている内容を、文脈もわからず一から覚えるしかなかった。

一方、社会人を長くやっていると、未知の知識に出会っても「これは常識的にあり得ない」あるいは「社会の仕組みとして、常識的にはこうなるはずだ」という推測が立てられる。その推測という文脈の上に新しい知識を身に着けることで、記憶力の衰えを十分にカバーできたのである。

2. 野球におけるフィジカルの衰えと技術によるカバー

これは野球にも通じる話だと思う。

野球選手の場合、30歳を超えると瞬発力や筋力といったフィジカルはどうしても衰える。それを補うのが「技術」である。

その最たる例は中村剛也選手だろう。彼は30代半ばになっても長打力が衰えなかった。

中村選手は若い時から力任せに振り回すというよりも、ピンポイントで打つべきところを打っているので、スイングに無駄な力感はなかった。それでも飛ぶ技術があるので、多少筋力が衰えても遠くに飛ばせたのである。山賊打線時代はバットを軽くして、若干打球方向がライト寄りになったが、長打力は見事に維持できていた。

栗山巧選手も同様である。彼の場合、「選球眼」という技術はフィジカルのように衰えない。そのため、年齢とともに打力そのものは落ちても、出塁率を維持できたので長くレギュラーを張れた。これも経験と技術が衰えをカバーした好例である。

3. 敏捷性依存型の苦悩と今後の課題

対照的なのが、源田壮亮選手や外崎修汰選手である。

彼らのプレースタイルは、走力や守備力と言った「敏捷性」に大きく依存している。残念ながら、こうした身体能力の衰えはそのまま成績に直結してしまう。敏捷性が問われる部分は、技術力で補える幅がどうしても狭くなる。

だからこそ、走守の衰えをカバーするために打席で結果を残すことが必要なのだが、目下のところ、そこで技術力を発揮して成績を維持することができていないのが現状である。

野球選手の寿命ということを考えたとき、「技術で身体の衰えをどこまで補えるか」ということは重要なテーマである。中村・栗山という偉大な手本に対し、源田・外崎が今後どのような「技術」で生き残りを図るのか。その変遷を見守りたい。

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