まだできることはあった。それは去年負けて号泣した辻監督以上に強い思いで勝利を願って闘う事だ。

今晩は。闘う前から諦めかけていたtthgです。

昨日の記事で諦めまいと書いたが、どこかで諦めいる自分がいた。昨日の記事へツイッターで何人かの方がコメントをくれたが、皆危機を感じながらもどうやって闘うべきか考えていた。そのコメントを見ながら、諦めかけている自分に気付かされた。tthgはライオンズが奇跡を起こす事を願っていたが、どうしたら少しでも奇跡を起こす確率を上げられるのかという事には思いが及ばなかった。それはあまりに厳しい現状に心が折れかけていたからだ。でもそれはダメだ。諦めるな選手に求めるなら求める側も諦めてはいけない。だからtthgも諦めずまだ何かできる事はないか考えることにした。




考えた結果、出てきた答えはシンプルに「勝ちたいと強く願って闘う事」である。本当に勝ちたいと思って闘う姿にはそれ自体に魅力がある。ファンが去年CS最終戦で人目をはばからず号泣した辻監督に感動できたのは、監督に勝利に対する飽くなき執着心を見たからだ。ファン感における監督のスピーチにもその思いを来季にぶつける決意が見えた。選手にも同じ思いがあるならば、一つ一つのプレーの意味が変わってくる。たとえ失敗したとしても、そこに強い気持ちがあるならばファンの心は動かされる。それだけでも違う。

そして、強い気持ちで闘うならば少なからず結果も変わる。今から技術的な進歩を遂げる事は難しい。しかし、心は変える事ができる。本当の意味で決意を持って勝利を願う事は今すぐできる。選手達には監督の涙を見て何を感じたのか思い出して欲しい。監督と同じ程度に、いやそれ以上に勝利を願っているのか自分に問いかけて欲しい。あれだけデータ野球で有名な野村克也氏は意外にも気合いや根性には肯定的だ。ただし、普通の人とは意味合いが違う。野村氏は自分はプロならば気合いや根性は備わっていて当たり前なのだという。野村氏の理屈からすれば勝利したいという気持ちに欠けるようではプロではない。そして、黄金時代に数多くの勝利を積み重ねた辻監督が勝利への執着心があれほど強い事は必然である。

心の問題は最低限の話だが、それが他人にハッキリわかる程に強い選手はプロでも少ない。内心は頑張ってますではプロとしてあまりにも寂しい。本当に強く勝利を願っていれば自然となんらかの形ででてくるものだ。選手達にはその時気持ちが自然と外に出てくるような闘いをして欲しい。その気持ちが外に現れている限りtthgも本当の意味で諦めることはしない。

ただし、勝利に拘ると言っても連覇とか日本一とかシーズン通しての勝利でなく、目の前にある一試合勝利を目指すべきだ。sinndarさんがツイッターで大きな目標のために返って気合いが空回りしていると指摘してくれた。それは非常に的を射ている。今のライオンズに王者として連覇や日本一を見据える闘いは早すぎる。それは返って重荷になる。連覇への挑戦権を手にするために先の一勝を死に物狂いで取りに行くべきだ。そのためにムチャしてガス欠にならないようにすべきだが、それは首脳陣がやれば良い。選手は与えられた出場機会に勝利にこだわってプレーする事に集中すべきだ。

それでも結果は保証されない。それがプロの世界だ。しかし、それでも狂気する程に勝利に貪欲であって欲しい。それが少なからずファンの心を打つのだから。

本日も最後までお読み頂きありがとうございました。

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