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CS制度がよくできすぎている不都合。

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今晩は。2位と3位の差に一喜一憂する自分に少しモヤモヤしている tthg です。

今日は前回の記事の続きを少し書きたいと思う。前回は「FAの人的補償廃止」と、「ドラフト制度自体を維持することが、現在の環境では難しいかもしれない」という話を書いた。つまり、戦力を均衡させるための仕組みが少しずつ弱まっているのではないか、という問題提起である。今日はその話を、別の角度から考えてみたい。

そういう意味で、tthg的には今のCS(クライマックスシリーズ)制度というのは非常によくできているように思う。


例えば、戦力の均衡が崩れてソフトバンク一強になったとしよう。首位は早々に決まってしまう。しかし2位以下、3位・4位・5位あたりが団子状態であれば、シーズンは最後まで完全な消化試合にはならない。首位から何ゲーム差離されようとも、3位に滑り込めば、一応今年のDeNAのようにポストシーズンに臨めるのである。

そしてポストシーズンを奇跡的に勝ち抜けば、日本一になれる。その目標が残っている以上、完全に勝負がついたということにはならない。よくできた仕組みではないだろうか。

正直に言えば、tthg自身はこういう制度をあまり好ましく思っていない。モチロン、143試合を戦って決まった順位こそが本当の順位だと思っている。しかし、それでも2位になるのか3位になるのかというのは、多少気になってしまうのだ。本拠地でCSを戦えるかどうか。アドバンテージがあるかどうか。気にしないつもりでも、ついつい順位表を眺めてしまう。

そうなると、その部分で一定の集客を見込めてしまう。優勝争いが早々に終わっても、CS争いでスタンドは埋まる。つまり、戦力が不均衡でもシーズンが興行として成立してしまうのである。

ここで前回の話につながる。本来であれば「戦力が不均衡だと、シーズンが盛り上がらない。だからドラフト制度やFAの人的補償で戦力を均衡させるべきだ」という理屈があったはずだ。しかしCS制度があることで、この理屈が成り立ちにくくなっているのではないか。戦力が偏っても客が入るなら、わざわざ均衡させる必要はない。そう考える人がいてもおかしくはない。


しかし、tthgのように「日本一や優勝こそすべて」という感覚でいるファンにとっては、これはあまりに不憫な話である。戦力差が固定化していけば、一生優勝できそうにない方向に進んでいく。毎年3位争いをして、CSで散る。それを「今年も楽しめた」と言えるだろうか。tthg的には、言えない。

つまり、プロ野球の興行という観点で考えると、CS制度さえあれば一定のところで集客も確保できる。だから戦力不均衡など気にする必要はない。そういう不都合な結論に陥ってしまっているように思うのだ。

tthg的には、CS制度が悪いと言いたいわけではない。むしろよくできているからこそ、戦力均衡の議論を後回しにする言い訳になってしまっているのではないか、と言いたいのである。CSでの「奇跡」に夢を託すのではなく、シーズンで優勝を狙えるチームが毎年入れ替わる。そういうリーグを目指すための制度設計こそ、議論されるべきだと思う。

本日も最後までお読み頂きありがとうございました。

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