松坂投手のプロ生活を振り返る

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ホークス松坂投手の退団が発表された。今後の去就が気になるところだが、とりあえず、それは置いておいて、これまでの松坂投手を振り返ってみたい。

退団のニュースを聞いて感じたことは「最近のリハビリの状況が大ニュースになることが凄い」ということだ。非常に失礼な言い方になるが、松坂投手実績的には「とっくに終わった投手」である。松坂投手がフルシーズン戦って結果を残した最後のシーズンはメジャー二年目の2008年。実に10年近い年月が経過している。過去の実績の偉大さゆえに、退団に際して新聞の一面を飾る選手はまれにいるが、10年前から怪我に苦しみ大した実績のない投手のリハビリの状況にニュースバリューがある選手はほとんどいない。

日米通算164勝という実績は素晴らしいものだが、松坂投手の場合は、それ以上の「印象度」がある。一年目の初登板で片岡選手を三振に取った155キロのストレートや、イチロー選手を3つ三振にとった初対決など高卒一年目から今なお語り継がれる伝説の投球を披露した。当時のライオンズはかなり観客動員に苦労していたが、松坂投手の試合だけは西武ドームが満員になるという松坂フィーバーが起きていた中でこうした投球を披露したことで、「ライオンズのエース」という印象を確立した。

その後、、五輪の大事試合で勝てない。01年の近鉄との優勝争いをしている大事な試合で中村紀選手に手痛い一発を浴びる。02年の日本シリーズで手負いの清原選手に特大ホームランを打たれ2連敗する。と勝負弱いところをみせたが、それも逆に「悲劇のヒーロー」的扱いでむしろ注目を集めていた。そして、04のプレーオフ、日本シリーズ、06年、09年のWBCでの活躍で「勝負弱い」印象を払拭し「日本のエース」という地位を確立した。

こうして振り返ってみると、高卒一年目の活躍が大きなターニングポイントだったように思う。高校野球のスターだった松坂投手が、一年目から数字と共に記憶に残る投球をしたことで、00~04の間大事な試合で打たれても印象がそこまで悪くならなかった。むしろそれが、04プレーオフ以降の活躍のスパイスとして機能していた感すらある。

数字だけで、言えば、同等の成績を残した投手は他にもいるが、ここまでファンの記憶に残った投手はここ30年では他にいないと思う。

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