辻監督へ。コーチの選択基準間違ってませんか?

おはようございます。ライオンズ投手陣が心配なtthgです。

辻監督の最新著書「観察する指揮官 「辻流」選手との接し方」読んでいたら、小野コーチの選任理由について気になる記述があった。本書によれば小野コーチを選任した理由は昨年の投手陣を分析した結果下記のような結論に至ったことだという。

「うちの投手陣には、とにかく打者に向かっていく気持ちが足りないのではないか」

辻発彦著 観察する指揮官 「辻流」選手との接し方p147

そして、小野コーチについて

秋季キャンプの時に小野コーチを観察していると、選手に歩みよっていきながら、厳しいことも言っていました。選手の気持ちを変えるには、彼のように気持ちが前面に出る性格のコーチも面白いのではないかと、小野コーチに期待をかけたいと思ったのです。

辻発彦著 観察する指揮官 「辻流」選手との接し方p147

と語っている。これを読んでtthgは大きな不安を抱いた。選手の気持ちを変えるのに、喜怒哀楽の表現が強いコーチをあてがって成功するのだろうか。厳しい事を言う事が選手の気持ちを強くすると理解されているようだが、それは本当だろうか。



tthgは決してそうは思わない。上記の辻監督の考えは「怒られてストレスを与えたら、根性がつく」という昭和の根性論にしか見えない。しかし、それは幻想である。ストレスを与えたら気持ちが強くなるのではない。選手が相手に向かって行けないのはもっと技術的な問題だ。

例えば、元マリーンズの里崎氏はその著書「エリートの倒し方――天才じゃなくても世界一になれた僕の思考術50」で下記のように語っている。

体力をつけて、技術を磨いていれば、自分を信用できるようになります。

すなわち、メンタルは勝手についてくるんです。

里崎智也著 エリートの倒し方――天才じゃなくても世界一になれた僕の思考術50p53

こっちの方が、tthg的にはしっかりくる。絶対の自信のあるストレートを身につけるとか、ほぼ狙ったとこに投げられる変化球が複数あるとかであれば、投手は打者にビビって向かって行けないとかはなくなる。ようは自信を持って投げられる技術があれば精神的な弱さは問題にならないという事だ。そう考えた時、コーチにはキチンと抑えられる技術を身につけさせる能力を第1に求めるべきだ。

そうは言っても、なかなか絶対の自信が持てる技術を持つ投手を育てるのは大変だ。だから、次に考えるべきは未熟な技術でも相手に向かって行く「精神的な技術」を身につける事だ。この精神的な技術について、MLBでも活躍した長谷川滋利氏はその著書「適者生存―メジャーへの挑戦 」の中で以下のように述べている。

オリックスでは全員に同じメニューが課された。しかも、しんどいメニューである。僕はコーチに意図を聞いた。返って来た答えは、

「根性つけるんじゃ」というものだった。

これが数年前まで、高校野球からプロまで、日本のメンタルトレーニングの現状だったと思う。つまり肉体を極限まで追い込むことが、精神の鍛錬につながる、と。

しかし、アメリカで学んだメンタルトレーニングは、まったく違う。メンタルトレーニングは技術であり、その時の精神状態に応じて、気持ちをコントロールする技術なのである。

長谷川滋利著 適者生存―メジャーへの挑戦 幻冬舎文庫版p181-182

どんな状況でも精神を一定に保つ技術があれば打者相手にビビることはない。それは根性の問題ではなく技術の問題だ。そして、それは投手コーチではなく、専門家であるメンタルトレーナーの仕事である。投手コーチにそれを求めてはいけない。むしろ、精神的技術について投手コーチの方が精神的技術の勉強をしなくてはいけない。

ちなみに先に紹介した里崎氏の著書は技術としてのメンタルトレーニングを全否定している(先程紹介した言葉が載っている同じページのに少し前にメンタルトレーニングについて「屁の役にも立ちません。」と語っている。)が、tthgはそれは行き過ぎと思う。いくらメンタルを鍛えていても身体がついて来なければ意味がない事は事実だが、最低限の身体能力があればメンタルトレーニング単体でも意味を成す事もあるとtthgは考えている。

選手の気持ちを変えるために「選手に感情をあらわにして厳しい事を言う小野コーチが必要」という辻監督の考え方は長谷川氏が嫌悪している根性つけるために肉体的ストレスを与えるオリックスのコーチに似ている。オリックスのコーチが肉体的ストレスを与えているが、小野コーチは精神的ストレスを与えているという違いはあるが、ストレスを与えると精神が強くなるという結論だからだ。

ところで、長谷川氏の例を読むと肉体の鍛錬が精神面に全く影響しないかの如く誤解されるかもしれないが、事実はちがう。辻監督は先の著書で自分が師事した落合監督について、下記のように記している。

荒木雅博、井端弘和、森野将彦など選手にも恵まれていました。彼らの練習量はすざまじく、落合さんはその姿もしっかり見ていたのです。「それだけ練習したんだから、お前らならできるよ」そんなふうに信じて見守っている印象でした。

辻発彦著 観察する指揮官 「辻流」選手との接し方p99-100

選手の自信の根拠は練習である。自分に厳しくトコトン練習すればそれは土壇場での精神的礎となる。ただし、それは頭ごなしにしかってやらせた練習ではダメだ。それは単なるシゴキであり、選手にとって苦痛でしかない。苦痛は精神的礎にはならず、それを思い出しても冷や汗が出るだけだ。長谷川氏が嫌悪しているオリックスのコーチなどその典型だ。精神的礎になるのは自ら進んで努力した結果、身体を苛めた場合である。落合さんは決して強制するタイプではなかった。先程の監督の本の記述にも前段があり、以下のように記されている。

落合さんが監督、私がコーチという役割で接するようになってわかったのは、選手に「ああしなさい、こうしなさい」とは言わず、選手の力を信頼しているということでした。

辻発彦著 観察する指揮官 「辻流」選手との接し方p99

落合さんは決して強制しなかった。だからその練習量が選手の糧になる。これは、加えて言えば、コーチの仕事は選手達が自主的に練習するよう導く事だ。日々のコミュニケーションの中で選手達のモチベーションを上げるよう努めなくていけない。練習する事の大切さを理論と情熱を持って伝え、選手が納得し実践する必要がある。それは単に叱るだけではできず、全人格的な営みだ。それは野球に限らずガミガミ怒るだけの上司から、意欲的に仕事や自己研鑽に励む部下が生まれないのと同じである。監督は小野コーチは選手に歩みよっているとも言っているが、報道される限り、ガミガミ怒る方が強いように感じる。そもそも、厳しい事を言う小野コーチを監督評価しているし、自主性を重んじて、自主的にする練習を選手の礎にすべくメッセージを発した落合さんと小野コーチでは同列に評価はできない。

辻監督。本当にこれで大丈夫ですか?

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辻監督へ。コーチの選択基準間違ってませんか?” に対して1件のコメントがあります。

  1. 越後の侍 より:

    辻監督が何思ってんのか、ますますわからなくなりました

     じゃあ、土肥より小野の方が信用できるということですか。それは違うと思います、確かに土肥さんは最終年ちょっとおかしいところもあったが、多和田を覚醒させたり、いいところがあった。そしてしっかりと面倒を見ていた。でも小野さんは怒ってばかりで、いい噂が何一つ聞こえてこない。根性論は古すぎます

     落合監督の選手たちは凄く練習したというのは自分たちで必死にやった、だから伸びた、強制しちゃ駄目なんですよね。でも小野コーチは逆、これではいい選手は育たない、というより信頼感が無くなりおかしくなってしまう。

     だからといって変えろと今は言いません。ただそれは見ていて今年はどこのコーチが優れているかと聞かれた時、ちょっとわからないから

     怒ることが悪いとは言いません。だがそれが時に裏目に出ることは十分ある。敗戦処理投手などは怒らず少し離れたところで見た方がいいのでは。打たれて成長することもある。まあ難しいです、いろいろ考えがありますから

    1. tthg より:

      正直疑問はありますが、これが全てとは思ってません。

      現場でどのような口調で小野コーチが指導してるかや、監督がそれにどう反応するかも不明です。

      人事は全て監督の思いどおりにはなってないはずなので、不満はあるけどとりあえず著書では良いところを絞り出したという可能性もあります。

      ただし、辻監督にも昭和の悪い部分がある事は確かだと思います。

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