黄金時代の思い出⑤~1992日本シリーズ~

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今回は、黄金時代最後の日本一にして、名勝負と言われた、1992日本シリーズについて。名勝負として語り継がれているシリーズだが戦前の戦力を冷静に分析すると、本当はライオンズが楽勝してもおかしくないシリーズだった。この年のスワローズは、打線はライオンズと互角だったが、実は投手は人材不足だった。シーズンでエース格として活躍した西村投手が怪我で出られる状態ではなく(一応野村監督の陽動作戦でメンバー入りしていたが)頼れる先発が岡林投手しかいなかった。(残りの先発陣は、高野投手、伊東投手、荒木投手などがいたが、絶対的存在ではなかった。)一方ライオンズは、エース格の工藤投手が登板が難しい状況(実際は怪我を押して登板したがKOされた)だったが、渡辺久信投手、郭投手、石井丈投手と3枚計算できる先発がいた。投手力では圧倒的にライオンズが勝っていた。

しかし、実際は4勝3敗の接戦となった。一つの要因は、渡辺久信投手の不調である。渡辺投手は、振り返ってみると、この年の12勝を最後に二けた勝てなくなったので、ピークを過ぎていたというのが正しい見方だが、若干不調とは言え、シーズン12勝し、日本シリーズでの圧倒的な実績がり、適度に荒れたコントロールで初見では打つことが難しい投手として有名だった渡辺投手は当時もローテの柱だった。しかしこの年のシリーズは1勝もできなかった。初戦こそ7回3失点にまとめるもチームは勝てず、5戦6戦と登板するもいずれも打たれ、敗因の一つとなってしまった。

もう一つは郭投手の怪我である。この年14勝4敗の圧倒的な数字を残してもう一つの柱だった郭投手は、2戦目で先発しきっちり勝ちを収めたが、右手に打球を受け以降登板できなかった。ゆえに第6戦は怪我持ちの工藤投手を先発に起用せざるを得ず、6戦の敗戦の遠因となってしまった。

結局、勝負所の5戦6戦で3本柱のうちの二人が本来の力を出せなかったことが、皮肉にも本シリーズが名勝負となった要因だったと言える。そして、スワローズが名勝負を演じたことで、自信をつけたことが次年のシリーズでの敗戦の遠因であったように思う。5戦目で渡辺投手がピシャリと抑えて4勝1敗で勝っていたら、黄金時代の終焉ももう少し先になったかもしれない。

最後にDVDの紹介を一つ。本シリーズの模様は下記のDVDで見ることができます。全イニング収録でないのが残念ですが、ダイジェスト版で本シリーズの熱戦の模様を追体験できます。当時からのファンの方は買って損のない品だと思います。

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